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もしも、あなたが「ツムラの社長」ならば【RTOCS®】

「RTOCS®(Real Time Online Case Study)」をご存知でしょうか?「RTOCS®」とは、BOND-BBT MBAプログラムをBOND大学と共同で運営する株式会社ビジネス・ブレークスルーが独自に開発した教育メソッドです。国内外の経営者、リーダーが取り組んでいる現在進行形の課題をケースとして取り上げ、「自分がその組織のリーダーであればどのような決断を下すか」を経営者、リーダーの視点で考察し、「意思決定」に至る力を鍛錬。前例のない予測不可能な現代社会において時代の流れを読み取り、進むべき道を見極め、切り拓くことのできるビジネスリーダーの育成を目指しています。

本プログラムでは大前研一が担当する「戦略とイノベーション Part A(Strategy and Innovation Part A)」で取り組む「RTOCS®」。一部のケースが書籍化され、Amazon等で販売されています。

今回は、書籍版「RTOCS®」で取り上げられるケースの一部をご紹介していきたいと思います。1つのケースにおいても解説をすべてお見せすることができないのが残念ではありますが、「RTOCS®」の一端を垣間見ることができるのではないでしょうか。お時間があるときにぜひご覧ください。

今回ご紹介するケースは、ツムラです。

あなたがツムラの社長ならば、医療用漢方製剤では圧倒的なシェアを誇る一方、OTC医薬品やサプリメントでの伸びしろがある現状においてどのようにして両輪を確立するか?

【BBT-Analyze】大前研一はこう考える~もしも私がツムラの社長だったら~

漢方メーカーのツムラは、かつて主力漢方薬の副作用問題と多角経営の失敗により経営危機に直面したが、赤字子会社の整理、家庭用品事業からの撤退により医療用漢方製剤に集中、医療現場における地道な漢方の普及・啓蒙活動により業績を回復し、現在も医療用漢方市場において独占的なシェアを誇り、高い利益率を維持している。しかし、国内医薬品市場における漢方製剤の割合は2.3%と小さく、新薬などの技術革新は途絶えており、新たな成長機会が極めて限定的な業界となっている。この限定的な市場と成長機会において、いかに収益を安定化、最大化させていくかが同社の課題となっている。

◆副作用問題と放漫経営による経営危機を克服し高収益企業へ

#副作用問題で市場が縮小するも、普及・啓蒙活動で成長軌道に

ツムラは日本の医療用漢方市場において圧倒的なシェアをもつ漢方メーカーです。漢方薬は中国医学をベースに日本で独自に発展した漢方医学に基づく医薬品で、西洋医学による西洋薬が人工的に合成された単一成分から成るのに対し、さまざまな有効成分を含む生薬が組み合わされているという特徴があります。1976年に漢方エキス製剤33品目が薬価(薬価基準)[1]に収載されて公的医療保険の対象となり、その後1987年には148品目にまで拡大、それに伴い漢方製剤の市場規模も拡大しました(図1)。

[1]医療保険者から保険医療機関や保険薬局に支払われる各医薬品の基準価格、および公的医療保険で使用可能な医薬品の品目。厚生労働大臣により定められる。

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しかし、1991年に慢性肝炎の治療用として、医療用漢方製剤で大きな売上を占めていた「小柴胡湯(しょうさいことう)」に重篤な副作用があることが報告され、さらに1996年には副作用による死亡例が発生したことで、市場が急激に縮小しました。その後、ツムラを中心に医療現場における漢方の教育や普及に取り組んだ結果、市場は1998年以降、年率2.7%で成長を続けています。

#放漫経営による経営危機からの再建

漢方薬最大手のツムラの業績は市場動向の変化に大きく影響を受けました。一方で、三代目社長の津村昭氏がバブル期の高成長を背景に美術品や不動産などの多角経営に傾注、これらの子会社がバブル崩壊とともに赤字化、さらには支払い能力のない赤字子会社に対し架空の事業資金名目で70億円の借り入れを行ったことが発覚し、1997年に津村昭氏は不正債務保証による特別背任罪で逮捕・起訴されて有罪判決を受けました。これらの放漫経営の処理と副作用問題が重なり、90年代は経営危機の状況に陥りました(図2)。

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1995年に創業者の孫にあたる風間八左衛門氏が四代目社長として就任し、同年に第一製薬から移籍した、後の五代目社長となる芳井順一氏とともに経営再建に着手、漢方事業へ注力し、医療現場への普及・啓蒙活動を強化しつつ、赤字子会社の損失処理を進めた結果、2001年3月期に約200億円の最終赤字を計上したのを最後に業績は回復に向かいます。

2004年に社長を引き継いだ芳井氏は、2008年にツムラの代名詞的商品であった「バスクリン」などの家庭用品事業を売却し、新薬開発の中止を断行、医療用漢方製剤へのさらなる集中を進めた結果、現在では営業利益率20%前後を誇る高収益企業となっています。2012年には加藤照和氏が社長となり、ツムラは次なる成長を模索しています。

#家庭用品事業を分離し、医療用漢方製剤に注力

先述したように、ツムラは「バスクリン」などの家庭用品事業も展開していましたが、医療用漢方製剤に集中するため分離しました。この事業は2008年にMBO[2]によりツムラグループから独立し、2012年には大塚製薬傘下のアース製薬が完全子会社化しました。

医薬品は、医師の処方箋に基づき薬剤師が調剤する医療用医薬品と、薬局などで誰でも自由に購入できる一般用医薬品(OTC医薬品)に分けられ、一般用医薬品はさらにそれぞれのリスクに応じて第1類~第3類に分類されています。医療用医薬品は医師が各患者の症状に合わせて処方するため、効果の強いものが多く、一般用医薬品は医師の処方なしで購入できるため、効果は穏やかで安全性に重点が置かれているという違いがあります。

ツムラは医療用医薬品を中心とする方針にシフトすることで業績の回復に成功しました。[図3/ツムラの売上高構成比]に示すように、売り上げの9割以上は医療用漢方製剤が占め、OTC医薬品やその他の医薬品はごくわずかです。

[2] MBO:Management Buyoutの略。M&Aの手段の1つで、経営陣が自社を買収し、会社から独立すること。通常、経営陣だけで買収資金を用意することは困難であり、投資ファンドなどからの金融支援を受ける場合が多い。

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◆国内漢方メーカーはツムラの一強状態

#国内医薬品市場のうち漢方製剤はわずか2.3%

日本の医薬品市場の規模は2013年の時点で7兆円弱に上りますが、そのなかで漢方製剤が占める割合は2.3%に過ぎず、1,599億円に留まっています(図4)。漢方製剤についてさらにみると、8割以上が医療用で、一般用は2割以下です。

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#医療用漢方製剤でのツムラのシェアは8割を超える

[図5/漢方製剤におけるツムラのシェア]は、漢方製剤の分野別シェアを表したものです。2014年度の医療用漢方製剤の市場規模は1,405億円で、うちツムラが占める割合は84.5%と独占的なシェアをもっています。一般用漢方製剤は、医療用製剤に比べるとかなり規模が小さく166億円ですが、ここでのトップは36.1%を占めるクラシエ薬品で、ロート製薬が続き、ツムラは3位です。

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国内の主要な漢方メーカーの売上高上位10社を比べると、ツムラは圧倒的な強さです。2014年度の各社の売上高は、ツムラは1,104億円で、2位のクラシエ薬品は210億円、他のメーカーは数億円から数十億円です(図6)。国内漢方メーカーは、ツムラの一強状態にあるといえるでしょう。

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◆漢方市場の特殊性

#新規参入のうま味は少なく、参入障壁は高い

漢方市場は特殊な領域です。他の医薬品に比べ市場規模が非常に小さく、医療用漢方製剤の市場全体が、大手製薬メーカーの1つの大型新薬の売上高よりも小さくなっています(図-7)。2014年度の医療用漢方製剤の市場規模は1,405億円ですが、武田薬品工業の多発性骨髄腫治療薬「ベルケイド」は、この製品単独での売上高が1,527億円です。また漢方薬では新薬の開発が実質的に行われておらず、イノベーションにより新市場が開拓される可能性は期待できません。さらに、漢方において後発医薬品(ジェネリック)の参入には、先発医薬品と同等の効果をもつことを示す「生物学的同等性」を実証しなければなりませんが、単一成分の新薬とは異なり、漢方薬には多くの成分が含まれているため、生物学的同等性を証明することは非常に困難です。たとえコストをかけて参入したとしても、後発品は低価格競争とならざるを得ず、投資回収も難しいでしょう。

漢方市場はこうした特殊性により新規参入のメリットは少なく、参入障壁が高くなっています。

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#他の医薬品メーカーとは異なる事業特性

漢方市場の特殊性により、ツムラの事業特性は大手新薬メーカーやOTC医薬品メーカーとは異なっています。これらの事業特性の違いはコスト構造を比較することで明確化できます(図8)。武田薬品工業やアステラス製薬、第一三共などの医療用新薬メーカーの事業特性は「R&D型の創薬」であるため、研究開発に最も多くのコストをかけています。ツムラは新薬開発を行っていないため、研究開発に大きなコストはかかりません。また、大正製薬やロート製薬などのOTC医薬品メーカーの事業特性は「プロモーション型の大衆薬」であるため、広告や販促に大きなコストをかけています。ツムラは医療用医薬品が主力のため、広告や販促にあまりコストをかけていません。

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#ツムラの事業特性は調達および製造の最適化

医療用漢方製剤を主力とするツムラでは、新薬やOTC医薬品に比べ製造原価比率が高いという特徴があります。代表的なメーカーとその比率を比べると、新薬メーカーの武田薬品工業は9%、OTC医薬品メーカーのロート製薬は26%ですが、ツムラでは40%と武田薬品工業の4倍以上です。その内訳をみると6割以上が原材料費です(図9)。すなわち、ツムラの事業特性は原材料の調達と製造にあり、調達と製造をいかに最適化するかが重要な課題といえます。

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#原料生薬の調達は80%が中国、価格上昇がリスク要因に

ツムラの原料生薬の調達先は、80%が中国で、日本が15%、ラオスが5%と、圧倒的に中国の割合が多くなっています(図10)。中国の各産地とラオス自社農場からの原料は横浜港へ集め、国内の契約栽培地からのものとあわせて石岡センターに送り、茨城と静岡の工場で製剤を生産します。

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しかし、中国産の原料価格は2010年以降、年々、上昇傾向にあります。2006年の価格に比べ、2011年は中国国内の需要増や天候不順、投機的買占めにより2.5倍近くになり、その後は一度落ち着いたものの、人参価格の高騰などにより再び上昇しています(図11)。

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◆海外展開の高いハードル

#海外展開の困難性

多くの製薬メーカーは海外展開を進めていますが、漢方製剤では簡単ではありません。漢方薬が使われるのはおもに日本、中国、韓国の3ヵ国ですが、日韓の類似処方率は57%、中韓は14%、日中は10%、日中韓では2.4%のみです(図12)。つまり、漢方薬のルーツは同じでありながら各国で独自に発展し、法規制も国ごとに異なるため、日本の製剤をそのまま中国や韓国で販売することはできず、その逆も同様です。

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欧米で販売する場合は、他の医薬品と同様、漢方製剤にも有効性と安全性の科学的根拠が求められ、長期間にわたる臨床試験が必要とされます。この試験には膨大な時間と資金が必要なため、ツムラ単独での市場開拓は困難でしょう。

#米国で臨床試験が進むが、製品発売への道のりは長い

しかしツムラも手をこまねいているわけではなく、すでに現在、大腸手術後の腸閉塞回復に効果が期待される「大建中湯(だいけんちゅうとう)」に絞って米国での臨床試験が進行中です。健康な成人を対象に薬剤の安全性を確認する第I相試験、少数の患者で安全性と有効性、用量、用法を確認する第II相試験が終了しており、今後、より多くの患者で詳細なデータを集める第III相試験が予定されています(図13)。ただしこれには長い時間がかかり、上市できるのは2020年と予想されています。

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◆従来路線の強化とOEM展開に注力を

#コストコントロールと市場拡大が最重要課題

ここまでに述べてきたツムラの現状と課題を整理しましょう。[図14/ツムラの現状と課題]にあるように、医療用漢方では8割を超すシェアをもち、安定した成長を続けていますが、製造原価比率の高さという問題を抱えています。国内市場はツムラの一強状態ですが、市場規模は小さく、処方や法規制の違いなどから漢方の海外市場はほぼ存在しません。こうした現状において、ツムラが取り組むべき課題は、調達・生産のコストコントロールと、国内外の漢方市場の啓蒙・普及・拡大です。

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#課題に対するツムラの取り組み

もちろん、ツムラはこれまで、自社の課題に対して集中的かつ妥当な取り組みをしてきました。調達・生産のコストコントロールという課題に対しては、日本各地での契約栽培強化による生薬の国産化、ラオスでの自社農場設立、中国における自社管理圃場の拡大によって、自社管理圃場の強化を実施しました(図15)。これらの取り組みにより、品質の保持とコストの抑制が図られています。

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漢方市場の啓蒙・普及・拡大については、国内と海外の両方においてそれぞれの対策を実施しています。日本では、大学への教育プログラム提供、医師への啓蒙・普及を通じて大学や研究機関との連携を深め、漢方の科学的検証も強化しています。同時に、一般市民への普及活動も行い、国内市場の拡大にも取り組んでいます。海外では、米国での臨床試験や、国内の専門家と連携した情報発信を実施、海外市場拡大の可能性を探っています。

#OTC医薬品・健康食品市場に進出すべきか

これらの従来路線はツムラが経営危機に陥って以降、継続的に取り組み一定の成果を上げてきました。危機からの再生を果たしたツムラは、新たな成長戦略を模索していく必要があります。現在、ツムラの売上高1,104億円に対し、医療用漢方製剤の市場規模は約1,405億円であり大きな成長の余地がありません。一方で、OTC医薬品や健康食品の市場は6~7倍と規模が大きく魅力があります(図16)。

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しかし、これまでツムラは多角化で膨張した資産を圧縮し、改善させたキャッシュフローを医療用漢方事業に集中させてきたという経緯があります(図17)。先ほども取り上げましたが、OTC医薬品や健康食品は他社製品との差別化が難しいため広告や宣伝に費用をかけざるを得ず、安易な進出はコストの増加のみを招くリスクがあります。

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ツムラの祖業の1つであり、大衆向けの看板製品であった「バスクリン」などの家庭用品事業は長期にわたって赤字が続き同社の経営を圧迫していたため、経営再建に際し売却・撤退を断行、それによって販管費を削減して利益率20%前後を達成するようになったという経緯があります(図18)。OTC医薬品市場は競合が激しく、トップは大正製薬で、武田薬品工業と第一三共ヘルスケアが続きます。この市場では、ツムラのシェアは非常に小さく、売上高は大正製薬の約1,400億円に比べて約25億円しかありませんので、ここに参入するとなるとかなりの経営資源を分散させることになってしまいます(図19)。したがって、今になってOTC医薬品や健康食品市場に参入することは、これまでの改革路線を逆行させ、リスクを増大させる可能性が大きいでしょう。

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各ケースの”今”について、どのような課題を見い出し、あなたは何を導き出しますか?(BOND-BBT MBA事務局より)今回のケースをご覧になられて、皆様いかがでしたでしょうか?書籍からの転載ということもあり、最後の結論についてこの場でご紹介することができず心苦しいところではございますが、「RTOCS®」に取り組む際、私どもは「皆様ならどうするか?」という点を大切にしております。

大前研一が述べている解説が正解というわけではございません。あくまでも、論拠に基づいて考え抜いた“ひとつの解”です。その思考プロセスから考え方や視点などを学び、ご自身でその時々の“最適解”を導き出せる力を鍛えていっていただきたいと考えております。

上記のプロセスをご覧いただき、皆様でしたら最終的にどのような結論を導かれますでしょうか。ぜひ一度、お時間をとって考えてみてください。

そして、ご自身の考えと大前の考えを比較してさらに学びを深めたいとお考えの方は、よろしければぜひ書籍をご購入いただければと存じます。