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もしも、あなたが「エスビー食品社長」ならば【RTOCS®】

「RTOCS®(Real Time Online Case Study)」をご存知でしょうか?「RTOCS®」とは、BOND-BBT MBAプログラムをBOND大学と共同で運営する株式会社ビジネス・ブレークスルーが独自に開発した教育メソッドです。国内外の経営者、リーダーが取り組んでいる現在進行形の課題をケースとして取り上げ、「自分がその組織のリーダーであればどのような決断を下すか」を経営者、リーダーの視点で考察し、「意思決定」に至る力を鍛錬。前例のない予測不可能な現代社会において時代の流れを読み取り、進むべき道を見極め、切り拓くことのできるビジネスリーダーの育成を目指しています。

本プログラムでは大前研一が担当する「戦略とイノベーション Part A(Strategy and Innovation Part A)」で取り組む「RTOCS®」。一部のケースが書籍化され、Amazon等で販売されています。

今回は、書籍版「RTOCS®」で取り上げられるケースの一部をご紹介していきたいと思います。1つのケースにおいても解説をすべてお見せすることができないのが残念ではありますが、「RTOCS®」の一端を垣間見ることができるのではないでしょうか。お時間があるときにぜひご覧ください。

今回ご紹介するケースは、エスビー食品です。

あなたがエスビー食品社長ならば、どのような成長戦略で減収減益からの逆転を図るか?

【BBT-Analyze】大前研一はこう考える~もしも私がエスビー食品社長だったら~

戦後の日本家庭の食卓にスパイス文化をもたらした「テーブルコショー」。その生みの親であるエスビー食品は、得意のスパイス類をはじめ、カレールウ、レトルトカレー、わさび・からしなどの香辛料を展開し、数年前まで増収増益を保持してきた。しかし今、国内市場はすでに成熟期を過ぎ、国内の調味料各社は海外展開を加速させている中、同社は有効な海外戦略を描けないでいる。また、スパイス類では国内首位でありながら、利益率の低さが問題となっている。今後、エスビー食品はいかに収益性を向上させ、事業領域を拡大し、海外展開を進めていくかが課題だ。

◆国産カレー粉の元祖 エスビー食品とは?

#カレー粉で創業、総合香辛料メーカーのエスビー食品

エスビー食品はカレー粉の製造を創業事業とし、スパイス類においては国内最大手の香辛料メーカーです。事業内容は主に香辛料関連(和洋中の香辛料およびカレー・シチューなどの即席ルウ)と加工食品関連(レトルト・調理済食品)の2つから構成されます。

売上構成をさらに詳細に見ると、香辛料関連では、洋系スパイス・ハーブが約18%、和系・中華系の香辛調味料が約24%、即席ルウが約25%、そして、加工食品関連ではレトルト食品が約25%、その他の調理済食品が約9%となっています(図1)。

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#即席カレールウやレトルトカレーは市場規模が大きい

エスビー食品が手がける各事業の市場規模はどの程度でしょうか。[図2/調味料・レトルト食品の商品別市場規模概観]をご覧ください。

まず、香辛料を含む調味料全体の国内市場規模は約1兆4,700億円あり、そのうち、しょうゆ・みそ・うま味(アミノ酸系)などの和系調味料市場が約6,100億円、マヨネーズ・ドレッシング・トマト加工品(ケチャップ)などの洋系調味料市場が約4,500億円、そして、エスビー食品が手がける香辛料市場は約1,850億円です。また、レトルトカレーやパスタソースなどを含むレトルト食品の市場規模は約3,300億円となっています。

香辛料市場においては、カレーやシチューなどの即席ルウの市場が最も大きく約1,000億円、スパイス類は約660億円となっています。また、レトルト食品市場においてもカレーやシチューの市場が最も大きく、約1,000億円弱となっています。

エスビー食品が手がける事業では、即席ルウやレトルトカレーの市場は、スパイス市場よりも規模が大きいことがわかります。

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#エスビー食品の市場シェア カレーは惨敗、スパイスは圧勝

では、各分野における、エスビー食品のシェアを確認していきます。

まず、即席カレールウを見てみましょう(図3)。ハウス食品[i]が約60%のシェアを占めています。対するエスビー食品は約28%と、半分以下にとどまります。また、レトルトカレーにおいても、トップシェアはハウス食品です。エスビー食品も2位と健闘していますが、そのシェアは16%ほどです。3位には、「ボンカレー」が有名な大塚食品が入っています。

[i] ハウス食品:1913年創業。即席カレーの製造販売で知名度を上げ、「バーモントカレー」の大ヒットなどで、日本の即席カレー最大手の地位を確立している。

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続いて、国内スパイス類のメーカーシェアです(図4)。

スパイス類全体では、エスビー食品がおよそ40%を占めており、続くハウス食品は18%ほどです。スパイス類のうち特に和系のわさび・からしを見ると、やはりエスビー食品が40%以上のシェアを誇り、ハウス食品が20%弱となっています。

エスビー食品は、スパイス類では圧倒的な国内トップメーカーですが、即席カレールウやレトルトカレーにおいてはハウス食品の後塵を拝しています。

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#中華系などで健闘するもマーケットそのものが小規模

その他の調味料、食品分野を見ておきましょう。

エスビー食品は中華系調味料において、香港の食品メーカーである「李(り)錦記(きんき)[ⅱ]」と提携しています(図5)。オイスターソースで4位、豆板醤で2位、具入りラー油で2位と、決して悪くはありません。ただし、各調味料の市場自体が100億円に満たない小さな規模であることも頭に入れておく必要があるでしょう。

エスビー食品がシェアを持つそのほかの製品では、パスタソースで日清フーズ、キユーピーとともに三強を形成しています。また意外なところでは「おでんの素」で5割弱のシェアを持ち、2位の紀文食品[ⅲ]に大きく差をつけています(図6)。ただし、こちらも中華系調味料と同様に、市場自体が32億円と小さいので、大きな売上にはなっていないのが現状です。

[ⅱ]李錦記:1888年、オイスターソースを発明した李錦裳が創業した、香港の食品メーカー。
[ⅲ] 紀文食品:1938年、かまぼこ屋として創業。ちくわ、はんぺん、かまぼこなどの水産練り製品をはじめ、和系調味料などを製造・販売する食品メーカー。

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◆エスビー食品の失速 出遅れた海外展開

#伸びしろのない国内市場

日本の食卓事情の変遷とともに、食品市場も変わってきています。

[図7/エスビー食品が取り扱う商品の市場規模推移]をご覧ください。シチューやハヤシライスを含むレトルトカレー類は伸びています。反対に、即席ルウのほうは失速しているのがわかります。

また、パスタソースは増加傾向にあり、スパイスは微増程度でほぼフラット、中華系調味料も横ばいです。図を見ると、若干の増加傾向があるとしても、どの商品も大きな成長の余地があるとは考え難く、国内市場の今後の大きな成長は見込めないと言ってよいでしょう。

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#破られた増収増益 エスビー食品失速の要因とは?

では、このような市場推移のなかで、エスビー食品の業績はどのように推移してきたのでしょうか。

エスビー食品は、長期的には概ね増収増益傾向を保ってきました(図8)。ところが、ここ3、4年のあいだに失速しています。

売上高は2012年3月期がピークで1,270億円を超えました。しかし、その後は年々落ち込み続けています。それに伴うようなかたちで営業利益も下降気味となり、2015年3月期の営業利益はおよそ40億円となっています。

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長期的に増収増益を保持してきたエスビー食品は、なぜここにきて失速することになったのでしょうか。

[図9/エスビー食品の製品別売上高]を見ると、その要因は明らかです。まず、即席ルウの売上高が落ち込んでいます。前述したように即席ルウは市場規模もシュリンク傾向にあり、エスビー食品の失速要因の一つとして、この即席ルウの落ち込みは大きいでしょう。

他製品について見ると、スパイス&ハーブは売上を伸ばしていますが、香辛調味料、レトルト・その他の売上高はほとんど横ばい、もしくは落ち込んでいる状態です。

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#ライバルのハウス食品は海外展開を強化

国内市場が伸び悩む中、競合のハウス食品は海外強化に舵を切っています。

そもそも、カレーを含むスパイスの多くは海外からの輸入品であり、エスビー食品やハウス食品は海外産のスパイスを国内で販売することがビジネスモデルでした。しかし、ハウス食品はあえて日本式カレーでの海外展開を狙っています。

その展開の足がかりとして、ハウス食品は資本業務提携関係にあるカレー専門店チェーン「CoCo壱番屋[ⅳ]」を運営する壱番屋とともに、主にアジアを中心に海外での出店を共同展開してきました。目的は、CoCo壱番屋をアンテナショップとして各地域に日本式カレーを普及させることで、自社が手がける即席ルウやレトルト商品の海外販売を促進させることです。2015年10月には壱番屋を買収し、さらなる進展を狙っています。

[ⅳ] CoCo壱番屋:株式会社壱番屋が展開するカレー専門店。1978年に1号店をオープンし、2015年11月時点で国内外合わせて1,421店舗を有する。

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#調味料各社も海外へ 一方で目立った展開のないエスビー食品

さらに、調味料メーカー各社も海外展開を進めています。

[図11/国内調味料メーカーの海外売上比率]を見てみましょう。味の素は、世界で約40億人が属し、5兆ドル(約600兆円超)規模とされるBOP市場において地道な普及活動[ⅴ]を続けてきた結果、現在(2014年度データ)では売上の半分以上を海外が占めています。キッコーマンも、しょうゆを使った現地料理の開発などに尽力し、すでに海外売上が国内売上を上回っています。

ミツカンは、海外の食酢メーカーや米国のパスタソースブランド「ラグー[ⅵ]」などを買収することで、海外売上が50%に達しました。主に業務用調味料、畜産由来の天然調味料などで国内トップクラスのシェアを誇るアリアケジャパン[ⅶ]は、畜産エキス抽出の自動化により、海外生産を進めるなどして、海外売上比率を23%まで伸ばしています。

[ⅴ] (BOP市場における味の素の)普及活動:味の素はアフリカ、アジア、中東などの途上国に現地法人を置き、貧困層の食卓事情に寄り添った商品訴求で「味の素」を浸透させてきた。
[ⅵ] ラグー:ユニリーバの子会社が保有していたパスタソースの米国トップ・ブランド。
[ⅶ] アリアケジャパン:チキン・ポーク・ビーフなどを原料とする畜産系天然調味料のリーディングカンパニーとして、外食産業向けのソースベースやスープストック、即席麺のスープベースなどを製造・販売。日本以外に中国、米国、欧州にも製造拠点を持つ。

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そのほか、カゴメはトマトに含まれるリコピンの健康イメージを戦略的に訴えることで22%、ハウス食品は北米で豆腐事業を成功させて11%、キユーピーは中国や東南アジア、北米における事業展開で6%と、各社が海外展開を進めています。

国内調味料メーカーの海外展開動向を概観すると、しょうゆ、うま味調味料、食酢などの和系調味料メーカーの海外進出が先行しており、マヨネーズ、ケチャップなど洋系調味料メーカーの海外展開が遅れていることがわかります。

さて、各社が海外展開を進める中、エスビー食品はいまだに海外展開の実態が不明で、有価証券報告書にも記載がなく、海外事業についてコメントできないのが現状です。つまり、報告するほどの海外戦略が描けていないとも言えます。

◆世界的スパイスメーカーとエスビーの格差

#スパイス世界1位のマコーミックとは?

国内スパイス市場ではエスビー食品が圧倒的ですが、海外を視野に入れた場合、世界的にはどのようなメーカーが展開しているのでしょうか。

世界最大のスパイスメーカーは、米国のマコーミック[ⅷ]です。マコーミックはこの25年間に世界各地で同業他社を買収しながら業績を拡大し、スパイス世界1位まで上り詰めました。25年前に2,000億円に届かなかった売上高が、今では5,000億円を超えます。売上の65%を占めるのが北米・南米で、そのほか欧州・中東・アフリカ、アジア・太平洋までを網羅しています。

[ⅷ] マコーミック:1889年創業、米国メリーランド州に本社を置く世界最大のスパイスメーカー。

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世界20カ国以上に40以上の工場を保有し、製品ラインナップは1万種類です。スパイス&ハーブのみにとどまらず、バーベキューソース、ドレッシング、パスタソースなど各種調味料にも参入しています。日本ではユウキ食品[ⅸ]と提携し、スパイスをはじめ、ドレッシングやフライドオニオン・ガーリックなどを展開しています(図-12、13)。

[ⅸ] ユウキ食品:1974年創業、中華・エスニック料理の材料、世界の調味料、食材を製造・販売する食品メーカー。

#エスビー食品は営業利益率が低く時価総額も低下

[図14/国内主要調味料メーカーの収益性比較]をご覧ください。

スパイス世界1位を誇るマコーミックと、国内主要調味料メーカーの売上高、営業利益率を示しています。マコーミックの売上高は5,092億円で、国内2位のキユーピー(5,534億円)と同規模です。

国内1位は売上高1兆66億円の味の素。エスビー食品は1,219億円で7位です。スパイスでは国内最大手でありますが、調味料メーカーとしては中堅という程度です。

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また、営業利益率を見ると、国内1位の味の素が7.4%であるのに対し、マコーミックは14.2%と、非常に高いことがわかります。エスビー食品は3.3%の営業利益率です。売上高、営業利益率ともに比較をすると、エスビー食品はスパイス国内最大手ではあっても、世界最大手との差はあまりにも大きいと言わざるをえません。

当然のことながら、収益力の高さは時価総額の高さとして表れます(図15)。

味の素は1兆66億円の売上高で、時価総額は1兆6,387億円、マコーミックは売上高5,092億円に対して、時価総額が1兆2,946億円にもなります。

一方でエスビー食品は、売上高が1,219億円ありながらも、収益力の低さから時価総額は338億円まで下がります。

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◆エスビー食品の課題と戦略

#巻き返しを図るために取り組むべき3つの課題

以上のことから、エスビー食品の課題を導き出していきます。

前述のとおり、エスビー食品はスパイスの国内シェア1位でありながら収益力が低く時価総額も低い。また、参入分野の国内市場が全体的にはすでに成熟・衰退市場となり、大きな成長が見込めない中、海外展開に無策であるのも問題です。

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各ケースの”今”について、どのような課題を見い出し、あなたは何を導き出しますか?(BOND-BBT MBA事務局より)
今回のケースをご覧になられて、皆様いかがでしたでしょうか?書籍からの転載ということもあり、最後の結論についてこの場でご紹介することができず心苦しいところではございますが、「RTOCS®」に取り組む際、私どもは「皆様ならどうするか?」という点を大切にしております。

大前研一が述べている解説が正解というわけではございません。あくまでも、論拠に基づいて考え抜いた“ひとつの解”です。その思考プロセスから考え方や視点などを学び、ご自身でその時々の“最適解”を導き出せる力を鍛えていっていただきたいと考えております。

上記のプロセスをご覧いただき、皆様でしたら最終的にどのような結論を導かれますでしょうか。ぜひ一度、お時間をとって考えてみてください。

そして、ご自身の考えと大前の考えを比較してさらに学びを深めたいとお考えの方は、よろしければぜひ書籍をご購入いただければと存じます。