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経営者ライブ > 経営者ライブ16:吉田オリジナル

徹底した顧客第一主義 吉田オリジナル


概要:
株式会社吉田オリジナル 代表取締役社長  吉田茂氏

「取っ手が壊れて、もう直せないと言うのでは悲しすぎます」という吉田氏の意識の奥には、自分が作ったものは最後まで責任を持ちたいという頑なな考え方があった。メインテナンスは実費だけで永久に保証し、大量生産はせず製品は40個だけの限定生産。あなただけのバックを、あなただけに販売するというマーケット展開が独自のブランドイメージを形成していった。

1965年 (有)吉田商事を創業(のち1968年に現在の(株)吉田オリジナルに社名変更)
1996年 紺綬褒賞受賞
現在   400人以上の従業員を擁し、創業以来売上を一度も落としたことがない

●吉田オリジナルの業務内容IBIZA(イビザ)のブランド名でのハンドバック袋物革製品の企画製造卸、販売。1998(平成10)年の日本経営品質賞など商品品質では数々の受賞経験をもつ。 ●資料を拝見したところ、売り上げが50億強、経常利益率が20%以上、顧客のデータベースが84万人とリピーターも多い。優良企業で一点も非の打ち所がない1998年には日本経営品質賞を受賞するなど、システム,スタイル、ビジョンの全てで高い評価を得られているわけですが、その秘訣はなんでしょう?「とにかくがむしゃらにやってきまた。バブルがはじけた時もご多分にもれずどん底で大変でした。大変でしたけど、お客様第一でやってきましたから。それが良かった。初めて買ってもらった時の印象が非常に強烈で、手紙を出すなどして84万人になったわけです。どうしたらお客さんが満足してくれるか。革の売買や製造は、創業前からやっていたんですけど不満でしたね。売った買った、高い安いだけの世界でお客さんが見えなかった。問屋さんだけを相手にしてたんで見えなかったんですね。50年に青山に青山イビサとして出店したんです。その時が一番のどん底でしたね」 ●周りの中堅、中小企業の経営が非常に苦しいと言われていますが、そのような状況をどう思いますか?「お客様の見えるところで仕事をしているか、責任が持てる仕事をしているかの差じゃないでしょうか。私の扱っている革と言うのは一番難しい部類に属する。これまで業界では合成も天然も同じような見栄えの製品を作ってきた。そうすることを業界でしてしまった。あれだけヨーロッパで良いと言われるのに、日本の革製品は見栄えのないものになってしまった。単なる、売った買ったの世界にしてしまったんです。“おまえのところはどうしてバーゲンをしないのか”とよく言われるんですけど、自分の身を削って作ってきて、お客様に直接責任を持っている商品を,自ら、どうしてそんなことをしなければいけないのでしょう。責任の持ち方がちがうんだと思うんですよ」 ●仕入れも小売りも自身でやられて、一対一でお客様に接している。こういう仕組みが始めからあったわけではないと思うんですが、最初はどのように始められていったのでしょうか?「若い頃に皮革という良いものに携わっていたのが、本当に良かった。名古屋の商社に勤めていた。その時、手形の怖さを知って、今でも手形はいっさい切りません。昔から大福帖というのがありますが、売り上げの範囲内で支払いを行なうことにしてきました。勤めていたところは商社だったんで、やっぱり売ったり買ったの世界だった。お客さんが見えないことが大変不満でした。ある日、あるデパートから作家のつもりで作ってくれないかと頼まれた。それが最初でした。その製品を見たお客様が、大変気に入ったという言葉を送ってくれたのがきっかけだったんです。あの時のひとりが顧客名簿の87万人までの膨らんでいったんです」 ●吉田さんは作家なのか(かばんの職人)なのか、一方で経営者だったのか、どっちだったんでしょう?「はじめは経営者じゃなかったと思います。勤めていた商社は商売として革を買うところが多かった。そんな時友人に誘われて喫茶店を始めた。それが転機になりました。結局1300万円の損失を出してしまったんですが…。昭和43年にスペインに行ったんですよ。最初は闘牛とフラメンコを見ようと思っていたんですけど、何気なく、イビサ島を訪れたんです。ひなびたところで時間を忘れてしまうようなところでした。そこはヨーロッ???の人がたくさん訪れるところで、ヒッピーが手作りで革の加工をしていたんです。その時、これなら僕にも出来ると思って帰ったんですよ。日本では、そんなヨーロッパのヒッピーが作っているようなものは作れないんですよ。だから、わたしは問屋サンに重宝がられた。でもね。問屋サンの話は、結局、売った買ったの世界。良く売れる月だけしか注文がこないんです。青山に出た当時、大家サンに“青山、赤坂、六本木は人気があってみんなが出たがるんだけど、あなたは6ヵ月持つかなぁ”と言われた。僕はその頃すでに問屋サンに販売ルートを持っていたから“大丈夫”と応えた。でも、シーズンはずれの2月に、問屋を回ったんですが、結局、ぜんぜん売れませんでした」 ●自分で作って売ろうとした時、モデルとするデザイナーを考えていましたか?「やっぱり流通形態を見てみると、ヨーロッパではバイヤーさんがいて、ペーパーマージンで売っていきますけど、日本の場合、職人が居てメーカーさんがいて、問屋、デパート、消費者の順に流れてゆく。メーカーさんと直接的なつき合いをしながら、そういうことを知りましたよ。ヨーロッパの方でも日本に売り込みたいんですが、日本の場合、浅草かなんかの問屋さんがいくつか持ってきて、それからでしょ。一時の円高でたくさん入るようになってきましたが、素材屋さんに直接買い付けにゆくと言うのは、一見のお客さんは難しいですよ。今だからこそ、ウチは有名なところから素材を仕入れているといわれますけど…」 ●カバンならルイビトン、革製品ならコーチだとか、いわゆる有名ブランドについて研究されたことはあるんでしょうか?「あれは、あれで伝統があると思います。僕が一番すごいなと思うのは、フランスですよね。あのエスプリは真似できない。できないからあこがれるんじゃないでしょうかねぇ。うちでは、そこを卒業して、もう一度、良いものがないかなぁと探し始めた40代をターゲットにしましたから。だからここまで続いてこれたんじゃないでしょうかね。若い人は、流行に左右される傾向があります。その場限りにならない製品作りをしているんです」 ●そういうブランドメーカーに対抗しようとする気はなかった?「まず、お客様に喜んでもらえることをしてきましたから。それにはまず、良くわかったお客様に発信してきて、これはどうですか、いいですよって。僕はヨーロッパに行くときに2万通の手紙を持って行くんですよ。もちろん全部は自分で書けませんから、自筆で書いた手紙をコピーして入れて、あちらで、記念切手を2枚貼って出すんですよ。それからアフターサービスは永久にする。良いバックだと言われ続けているのは、そのこともあるのかもしれません。1982年から「IBIZAマガジン」を発行しつづけていますが、その中で、お客様からの修理依頼についても書いていて、お客様にその方法のお伝えしているんですよ」 ●永久保証というのは最初からやっていたんですか?「最初からありました。最後まで見届けようと言うのが、どうしても革が強いですから、裏地を交換したりと。以前裏地にたまたま合成加工を使ったことがあるんですけど、その部分だけがポロポロ剥がれてきて、今はオリジナルだけを使っている。とにかく最後まで見届けようと言うのがうちの基本理念です」 ●永久保証と言うのはすごいですよね。だいたい使い捨ててしまうことが多いですからね?「実はね、うちの製品をコレクションにしている人もいるんですよ。ちょっとマニアテックになっている。極端な話し(累計で)1000万円以上買ってらっしゃるひとが6人ぐらいいらっしゃるんですよ。アルバムにしていて、今度はどんなバックが出るんだろうと、楽しみにしてらっしゃる人がいるんですよ」 ●たとえば永久保証ということで、経営的にも有利になるだろうという考えははじめから持っていた?「いや、僕は経営的というと言うのは、あまり考えない。やるとこれだけ費用がかかるということは、一応経営者だから考えますが、まずは、お客さまの喜ぶことをやろうというのが最初なんですよ。取っ手が壊れて直せないと言うのでは悲しすぎます。だから始めの頃は無料でやっていました。今は、実費だけいただくようにしています」
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