前田建設工業は、2019年に創業100年を迎える総合建設会社(ゼネコン)。2017年3月期の連結売上高は約4200億円、従業員数は約4千名。岐部一誠氏は1986年に同社に入社、施工管理の現場業務を10年務め、営業も2年経験後、1998年から経営企画部門に移る。経済学者中谷巌氏主宰の経営塾「不識塾」に通う中、旧態依然の建設業界の受発注方式に疑問を抱き、10ほど前から原価開示方式を唱え始め、東日本震災の復興事業で多く採用されるに至った。現在、同社取締役常務執行役員、経営企画担当兼事業戦略本部長を務める。
原価開示方式は、建設資材別の購買費用内訳から人件費まで、細かく開示して透明性を上げるので、施工後の価格変動リスク等を発注側と受注側とで応分に負担する事前合意が可能だ。結果、双方が安定的に利益確保できるメリットがある。半面、コスト管理能力が厳しく問われ、企業戦略もオープンになる上に事務作業も増えるデメリットもある。ただ、現場では、問題は認識しつつも、合算コストのみを使う従来の総コスト請負方式を継続する方が楽なことは想像に難くない。事実、現在でも営業を中心に少なからず反発はあると岐部氏は明かす。
ヨーロッパでは、総コスト方式が主流だったが、リスク発生時のコスト負担を巡る訴訟費用が目に余るようになり改善が進んだ経緯がある。岐部氏は、原価開示方式を採用することで「脱請負事業」も視野に入れる。その一つの例が、愛知県有料道路において、前田道路をはじめとする企業連合が、30年間1377億円で運営権を購入したコンセッション事業だ。同方式は今後、空港や上下水道などを対象に拡大すると予測されるが、コスト構造が「どんぶり」では連合は形成できない。請負工事からの収益だけでは縮小傾向が避けられないゼネコンとしては、得意とする維持管理事業だけでなく、開発や出資等総合ビジネスとしての収益も見込める点が魅力だ。誰かが取り組むべきであっても長らく放置されてきた改革を実行に移すことでも大きなイノベーションを産み出す例である。