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リーダシップライブ > リーダーシップライブ 05

海外医療ボランティア医師団の事例
ゲスト:吉岡秀人氏(小児外科医/特定非営利活動法人ジャパンハート代表)


概要:
ビジネスの世界と違って、国際協力の世界は評価が分かりづらいといわれる。予算を取って計画を実行しても、レスポンスは早くて5年後、10年後だ。そのころには世の中も変わり、人も替わっているだろう。従事者はどこに活動の意義を見いだしているのだろうか。
今回は国際医療活動NPO代表の吉岡氏をゲストに迎え、困っている人を救いたいとの思いから医師になった同氏が、どのような思いで国際協力の世界で活動を広げているのかを伺っていく。ビジネスマンにも参考になる人生訓が満載だ。
大阪出身の吉岡氏は、大分大学医学部卒業後、救急病院に勤務後、1995年から2年間ミャンマーで医療活動に従事。帰国後は小児科医として国立病院等に勤務。2003年、ミャンマーで医療活動を再開し、翌年国際医療ボランティア団体ジャパンハートを設立した。活動地域は日本以外にほぼ東南アジア一帯。2014年の参加者は約600名。年間約2千件の手術を行っている。ほかにも、人身売買にさらされる子どもたちの養護を目的につくられた施設の運営、学校での保健・衛生教育事業、災害時の医療協力事業など活動は多岐にわたる。
きっかけは、現地医療の惨状をみかねたミャンマーの日本人戦争遺族会会員からの依頼。意気に感じた同氏は、虎の子の100万円を握って一人で乗り込んだ。行った先は、32万人に医師一人の貧農地帯。身を粉にして奮闘したが、壁にぶつかる。貧弱な医療設備、人不足、借金してわが子を連れてくる親たちを前に、小児科の経験に乏しく一外国人である氏には命の責任を引き受けられず、目の前で弱っていく子どもたちを見送るしかなかった。
いったん帰国し小児科医としての実績を積み、再び現地へ行ってNPOを立ち上げた。社会の多様化・グローバル化のなか、インターネットを活用し、昔のような捨て身の覚悟を求めない国際貢献のひな型づくりに着手。休暇利用の参加などで活動は広がっていった。特に東日本大震災が転機となり、医療従事者のマインド変化によって賛同者が増加した。
自分がしたいことを実践しているのに、体のみならず精神まで疲れることに疑問を持ったことが人生を考える契機となった。医療行為の結果は神の領域。ならば、苦悩し心身を傾けた時間こそが自分の人生。患者を治してやるのではなく、そうすることが自分の人生を豊かにしてくれる。患者一人一人に関わるプロセスこそわが人生の価値だと考え至った。吉岡氏は天職と出合えて幸せだと、生きる方向性を明確に見いだしている。
講師紹介: 門永 宗之助()


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  アシスタント:西野 七海

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