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> イノベーションライブ64:竹内弘高

日本型競争モデルの再検討


概要:
問いかけ:日本の国際競争力を高めるための政府の役割は終わったと思いますか?

『日本の競争戦略』(竹内弘高/マイケル・E・ポーター共著――ダイヤモンド社刊)を、教材として話を進めます。
『日本の競争戦略』は、日本の政府、および日本の企業の2つの競争戦略に分けられます。そのうち“政府モデル”とは、日本の成功には、政府の関与が見逃せないという考えです。今回は、その“政府モデル”について分析してゆきます。

●ひとつの前提として……

“これまで日本がなぜ成功したか”について、今まで日米欧でかなり研究され、分析されてきました。ところが最近になって、その結論が、実は間違っていたのではないだろうかという疑問が出て来ています。

――日本の成功論については、従来、「日本の成功の大きな理由は、政府(特に通産省)がいろいろな形で民間を手助けしたからだ」という、政府の影響力を評価する研究が発表されていました(カリフォルニア大学 シャルマー・ジョンソン著『ミティ』より)。

――その当時、アメリカの研究者は、低迷していた自国と成長を始めた日本とのもっとも顕著な違いに着目していた。

そして結論として

○アメリカは、政府がビジネスにあまり関与しない。
○日本は、政府(通産省)が1960年代よりビジョンを作り始め、かつ不況カルテルを組んで保護。対外国との関わりにも自国保護の姿勢。

――その結果、政府が欧米にない役割を演じていたことが、日本の成功の要因ではないかという論調が定着した。

――実際にも、19401960年、政府の役割抜きにして、日本の成長は語れないという時代があった。それは戦後、日本企業が脆弱で競争力もなく、産業を立ち上げるのに、政府のもつビジョンと役割は非常に大きな力だった。

●従来の“政府モデル”に対するアンチテーゼ

『今の時代に“政府モデル”は通用しない』
――いままでの“政府モデル”は、競争という原理を導入していない。

○1950年代後半から1960年代、日本の競争原理が変わった時代があった。

そのひとつが『品質向上運動』:
それまで“チープ・ジャパニーズ・プロダクト”といわれていた、安さの価格競争から、安く、しかもクオリティーを良くする競争により日本は優位に立つことができた。

○しかし、20年を経た今の時代、クオリティーの競争はもはや通用せず、次の新しい競争のムーブメントを起こすべき時が来ている。

●現代における政府の役割とは何か。

――1990年代以降、日本の企業が蓄積をもち、力をつけてきた時代。 政府が前面に出るのではなく、黒子に徹し、企業の競争力を付けるための土台作

講師紹介: 竹内 弘高(たけうちひろたか)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科研究科長
米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院で修士号 (MBA)、博士号(Ph.D)を取得。1976年より1983年までハーバード大学経営大学院 助教授。1987年より一橋大学教授。著書に「企業の自己革新」「ベスト・プラックティス革命」が ある。

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  アシスタント:馬場由利子

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